くにさき画報

死するとも なほ死するとも我が魂よ 永久に留まり御国護らせ

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赤間神宮・源平合戦最後の地


山口県下関市にある「赤間神宮」。
ここは元々は「阿弥陀寺」というお寺だったのだが、明治に「安徳天皇社」、1875年に「赤間宮」、1940年に「赤間神宮」と名称の変遷があった。

1185年の「壇ノ浦の戦い」で二位ノ尼に抱かれて入水された、当時8歳の安徳天皇の遺体は御裳川で引き揚げられ、「阿弥陀寺」(現在の赤間神宮)に埋葬された。

赤間神宮は大戦時の空襲で社殿を焼失しており、現在の社殿は1965年に再建されたもの。その為か極めて新しい印象を与える。

IMG_0431_1.jpg
「水天宮」からみた社殿。

IMG_0406_1.jpg
丁度、結婚式が行われていた。邪魔にならないよう遠くから撮影させてもらった。

IMG_0418_1.jpg
雅楽と巫女さんの舞が始まる。

NEC_0179.jpg
と、まぁ、申し訳ないがこれが目的ではない。僕の目的はこの奥だ。

IMG_0409_1.jpg
「平家一門の墓」!

IMG_0412_1.jpg
日本史上最強の怨霊を生み出してきた平家一門の墓。
墓参りには慣れているはずの僕も、ここはさすがに沈黙。

IMG_0411_1.jpg
その平家一門の墓の前で平家の無念を鎮めるかのような「耳なし芳一」の像。その表情のリアルさに畏れおののけ。「阿弥陀寺」というのは「耳なし芳一」が活動していた場所でもある。

IMG_0434_1.jpg
そしてすぐ隣に別の建物として「安徳天皇陵」がある。普段は一般公開されておらず、門にある菊の紋章の隙間から垣間見るしかできない。
さすがに平家の墓を見た後では無茶はできない。ここで撤収。

5月2~4日に行われる「先帝祭」はかなり豪華絢爛で見ものらしい。来年は是非行ってみたいなぁ。
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テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/06/11(日) 16:08:12|
  2. 知られざる日本
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