くにさき画報

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国東の奇祭「ケベス祭り」




なんだコレ?どこへ行って来たんだ?




えへへ、スゴイでしょ?これは国東半島の国見町のトンネルにある「ケベス祭り」のレリーフよ。




「スケベ祭り」だと!?
何だ!?その期待せずにはいられない祭りは!?


「ケベス祭り」よ、「ケベス」







大分県国東半島に、およそ1000年程前から伝わると言われる奇祭「ケベス祭り」。旧暦の9月に行われる為、本来は「九月祭り」と呼ばれていたが、1962年より新暦10月に行われるようになった為、現在は「ケベス祭り」という呼び方が一般的である。


「ケベス祭り」が行われる国見町の櫛来岩倉社(くしくいわくらしゃ)境内。この祭りの起源は全く不明で、その由来を示す文献は存在せず、ただ儀式のみが伝えられてきた不思議な祭りだ。
1100年前にこの社が開かれた時点で既に主要な儀式の一つに組み込まれていて、その為「ケベス祭り」自体はそれ以前からあったのではないかと言われてる。
「ケベス」という言葉の意味も不明で、「エビス(夷)」の訛ったものではないかという説が有力であるがそれもただの憶測にすぎない(祝詞の中では「蹴火子(Kebesu)」という漢字が当てられている)。


この地域を十の組に分け、毎年順番に一つの組が「当場(トウバ)」となってこの祭りを執り行う。
まず10月7日までに神主の麻糸による「吊りくじ」で、
「オカヨ(神への供え物を調える役)」、
「オカヨのスケ(オカヨの助手)」、
「杜氏(甘酒造りの役)」、
「杜氏のスケ(杜氏の助手)」を選ぶ。

「当場の組」は火祭り用のシダを準備、そして、「神穂屋(かむほや)」という祭壇を座敷戸口に造る。

10月9日、午前7時に「宮下り」。これは神様を神社から当場元へとお連れする儀式のこと。この日から「オカヨ」は毎朝「潮かき(海に入り潮水をかぶる)」を行い、当場組一同は「精進」の生活に入る。

この精進生活の要点は「他人と火を交ぜない」事。

これは当場以外の人が作った料理などを口にしてはならないという意味で、この時期の当場の男子は学校や職場でも自宅から持ってきた弁当だけを食べることになる。
自動販売機でジュースを買う事も、他人にタバコの火をつけてもらう事も禁止。

当場で取れた野菜や魚などを中心とした精進料理になるようで、成人男性だけでなく当場の男子は幼児から大人までが対象というから厳しい。
この禁忌を犯した者は祭りに参加できない事になっていて、当場として祭りに参加できるのは十年に一度である為、皆さん必死で守るようだ。

10月13日、午後、男子全員揃って「潮かき」。そのあと神官から祝詞を受け、お供えようの餅をつき始める。

10月14日、「ケベス祭り」の儀式の中で最も有名なのがこの14日に行われる「宵祭り」。
この日、午後二時、「宮上せ」。当場元に下っていた神様を今度はお供え物と一緒に神社へとお連れする儀式。
午後6時、男子全員「潮かき」をして身を清める。

午後7時、当場の神人が拝殿前に整列、

本殿の中で神官の祝詞の奏上が終わると「神官」から「ケベスドン」に「ケベス面」が着面される。



WRYYYYYYYYYYYY!!!

と言ったかどうかは知らないが、「ケベス祭り」のクライマックスシーン。


差又(さすまた)を担いだケベスは神域を一回りすると、庭火に向かって突き進む。それを当場の神人が差又で受け止め押し返す。
二回目も同じ動作を繰り返し、三回目の突進で庭火に差又を突き入れ、火を掻き回す。


この一連の所作を三回繰り返し、合わせて九回目の突進で遂にケベスは火の中に飛び込んで火を跳ね上げる。
すると、火を守っていた当場の神人達も火のついたシダ束を差又に突き刺して見守っていた参拝者達に遠慮なく火の粉を浴びせ始める。
火の粉を浴びた者は無病息災になると言われているが、撒き散らされる火の粉が半端じゃないので狭い境内には悲鳴と絶叫、笑い声と拍手がこだまし、祭りは最高潮を迎える。
(帽子は必須、焼けてもいい服を着てくるようにと広報されており、また神殿前の階段が安全地帯とされている。どうしても怖い人はそこに案内される。)

この後、ケベスは神官につれられ「ケベスの託宣(豊作かどうかの占いのよう)」という儀式を行った後、面を外され、再び封鎮される。

10月15日、本祭。本殿で神事が行われ、神輿は浜殿から本殿に還御し門が閉じられ全ての神事が終了する。




これが国東半島で最も奇妙な祭りと言われる「ケベス祭り」の概要よ。ちょっと驚いたでしょ?




た、たしかに奇怪且つ理解しにくい祭りだな。神道やら仏教やらいろんな要素が混ざってるように見えるが。「ケベス」と「トウバ」が「火」を巡って争うってトコが鍵なんだろうな。



史料がないのでなんとも言えないわ。文字を持たない時代にこの地域で何かが起こった。それは人々に強い印象を残し、儀式として保存され、時代を重ね、様々な宗教観を加えながら今日の形になったと思う。
ケベスとは何者か、どんな意味があったのか、渡来系と土着の民の争いを表現したのか、漁民と農民の衝突という説もあるし・・・。
遥か古代に何が起こったのかは、今はもうわからない。全ては推測でしか語れないの。


うぅ~ん、「神」「仏」「鬼」、その何れもが善にもなり悪にもなり、入り混じって何かを伝えようとしてくる・・・。日本て不思議な国だよなぁ。



幽霊のあんたも充分不思議だよ・・・。






IMG_1940_1.jpg
国見町の資料展示館にある「ケベス面」の精巧なレプリカ。造形は稚拙で正面から見ると歪んでいて実に醜悪だ。「ケベス」なるものが決して歓迎されたものでない事が推察されるが、神事においては収穫の占いをする重要な役を与えられているのは全く不可解である。

余談だがこんな伝承がある。
昔、ケベス面が余りに醜く稚拙なので形を整えようとノミを入れたところ、面から血が出てきたというのだ。
現実的には有り得ない話で、恐らく先人達が本来の形を後世になっても崩さないように戒める為に作った話だと思われる。

こうして「ケベス祭り」は千年以上の間、現代にまで伝えられてきたのである。
(注*国東半島は瀬戸内海海路上の拠点であり、古代より大陸の呉の国、または朝鮮半島南部からの渡来を伺わせる伝承がいくつかある。また、宇佐神宮とも繋がりが深く、神功皇后の三韓征伐に纏わる説もある。が、「ケベス祭り」との関連性は全て推測の域を出ない)



国東の奇祭「ケベス祭り」 終わり

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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/06/15(木) 00:07:15|
  2. 知られざる国東半島
  3. | トラックバック:0
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