くにさき画報

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韓国の英雄と大分県の偉人(後編)


さてさて、『韓国の英雄と大分県の偉人(後編)』
「こどもの日」を提唱し、また、「日本のアンデルセン」と呼ばれた児童文学者「久留島 武彦」については先のエントリで説明があった通りだが、あまり知られていないエピソードを紹介してみよう。


(注:先に韓国の英雄と大分県の偉人(前編)を読んでいただけると面白さが倍増いたします。)





        ↓コイツ。

韓国の英雄「李舜臣(イ・スンシン)」
文禄の役(1592年)・慶長の役(1597年)で豊臣日本軍と戦った武将である。日本では「朝鮮出兵」、韓国では「壬申倭乱(イムジンウェラン)」という名称が一般的だ。

さて、この「李舜臣」、韓国の英雄である。
どのぐらい英雄かというと「ありえないぐらい」英雄であり「聖雄」とさえ呼ばれている。

韓国人は言う。
「李舜臣将軍様は世界四大提督の一人です!」(←韓国人が勝手に決めただけ)
「李舜臣将軍様の戦術はイギリス海軍学校でも教えられています!」(←全くのデマ)
「李舜臣将軍様が倭軍を追い払いました!」(←明との講和成立後、退却する日本軍を攻撃)
「日本の戦国武将は李舜臣将軍様以下の存在ですね、プハハ~!」(←薩摩の島津軍が撤退ついでに李舜臣を射殺。でも褒美無し)
「日露戦争の時、東郷平八郎は李舜臣将軍様の戦術を研究し、李舜臣将軍様が発明した「鶴翼の陣」でロシア艦隊を打ち破りました!」(←全くの寝言。秋山参謀が研究したのは瀬戸内海の水軍の戦術。ロシア艦隊を打ち破った陣形は「丁字戦法」。だいたい鶴翼の陣は李舜臣が発明した戦術ではない。)
「東郷平八郎は李舜臣将軍様を尊敬し、神様として崇め、イギリス人のインタビューで『私をネルソン提督と比べてもよいが、李舜臣将軍様に比べれば私は下士官にすぎない』と発言しました!」(←全く根も葉もないデマ。どうやら在日韓国人が司馬遼太郎の「街道を行く」を読んで妄想を撒き散らした模様)
「豊臣秀吉の遺言は、『李舜臣には気をつけろ!』でしたね!」(←テレビドラマのワンシーンらしい)

韓国人の李舜臣崇拝の妄想発言の例を挙げるとキリがありません。
冗談に聞こえるだろうが韓国人は本気でそう思っている。(ゲームキャラとして李舜臣の能力値が低すぎるとメーカー「KOEI」に苦情が殺到したとか)

050831_10_1.jpg
昨年、韓国で爆発的にヒットした大河ドラマ「不滅の李舜臣」というドラマが上記に挙げたような内容を含んでいたらしい。


今は無き旧500ウォン札。次は新札で竹島を背景に再登場するという噂も。ボケが。


100ウォン硬貨の裏側にも李舜臣。ウゼェ。

なぜ、かくも李舜臣は英雄視されるのか。
答えは簡単。

朝鮮史上、日本軍に対して戦果を挙げた唯一の武将だから。



しかし、朝鮮出兵には日本の数多くの有名武将が参戦したが
誰一人として討ち取られていないわけだが。










あ、いや、実は李舜臣に武将を討ち取られた部隊がいる。







余りに無名なので忘れられているだけである。






それは兵力僅か700名足らずの四国の
「来島通総(くるしま みちふさ)」である。
来島隊は通総の兄、得居通之も討ち取られており、朝鮮出兵で戦死した武将級はまさにこの「来島家」だけなのである。

日本では来島家の知名度は極めて低い。せいぜい村上水軍の分家として知られている程度だろうか。
逆に韓国では秀吉の次ぐらい有名である。なにせ「聖雄」李舜臣将軍様が討ち取った唯一の武将という事で。

日韓翻訳掲示板では当初、「李舜臣将軍様は日本の有力大名クルシマを討ち取りました!」と韓国人が自慢し、日本人が「誰ソレ?」と答えに困るシーンも度々見られた。


朝鮮兵に二人の武将を討ち取られるという大失態故に、日韓翻訳掲示板の日本人からも来島は「日本最弱の武将、っていうか武将?」という不名誉極まりない称号を嘲笑と共に戴いている。



さて、朝鮮で「来島通総」が李舜臣にぶっ殺された後、息子である「康親」が跡を継ぐ。
しかし朝鮮半島から帰還してまもなく「関ヶ原の戦い」が起こる。約二十万人近い兵力が激突した結果、豊臣方である西軍が敗北、西軍に組した「来島家」は四国の「来島(現在の愛媛県)」を追われ、現在の九州・大分県の山奥に領地を移される。
間もなく名を「来島」から「久留島」に変え、辛うじて武家として生き残る事となる。


時は流れて1874年、後の児童文学者、「久留島 武彦」生まれる。「来島通総」の直系の子孫である。(画像は玖珠の象徴「伐株山」)


右が久留島 武彦。
彼は日清戦争・日露戦争と従軍している。
約三百年前に李舜臣に上陸を阻まれた来島の末裔が、軍人として朝鮮半島に上陸し、朝鮮を中華から独立させているという歴史の皮肉に、海の底の李も苦笑いしている事だろう。



来島一族リベンジ完了



さて、日清戦争中、久留島は戦地から日本の出版社に作品を投稿、これが好評を博し、なんと戦争中に連載している。こうして戦後、彼は児童文学者としての道を歩き始め、様々な功績を残す。



彼は「日本のアンデルセン(Hans Christian Andersen)」と呼ばれているのはこんなエピソードがあるからだ。
1924年にデンマークで行われたボーイスカウトの世界大会に日本の団長として参加、アンデルセンの生誕地であるオーデンセ(Odense)を訪れた時にアンデルセン博物館の一部が物置に使われている事や、アンデルセンの墓が手入れもされずに放置されている事を嘆き、英語が堪能だった彼は地元メディアに対して、「デンマーク人は200年経たないとアンデルセンの偉大さに気づかないのか」と厳しい言葉で訴えた。
そのインタビューは上記のように新聞記事となった。

見出しは「日本人の訴え」である。
「オーデンセを訪れて良かったか?」という記者の質問に対して、「失望した。デンマーク人はデンマークを世界に知らしめた偉人に対してこのように粗末に扱うのか」と厳しい返答をする久留島に対し、デンマーク人の記者は意外にも最後をこう締めくくった。


『彼の国は亡き人に対して我々より尊敬と配慮の念を持っている。我々はまさしく、彼と彼の言葉を肝に銘じて学ぶべきではなかろうか。』


この記事が反響を呼び、彼は行く先々でアンデルセン顕彰の設立を訴え、デンマークの人々に大きな感銘を与える事になる。彼の事を「日本のアンデルセン」と呼ぶようになったのはデンマーク人達であった。


やがて、オーデンセを中心にアンデルセン再評価の声があがり、アンデルセン関連の施設は全面的に改修・保存されるようになった。
この功績と日本国内での児童文化事業の業績がデンマーク政府から認められ、後年、デンマーク国王よりダンネブロウ四等勲章が授与されている。(日本でも紫綬褒章を受けている。)





韓国の英雄とやらもまた決して無能だったわけではない。
戦力的不利を理解し、決して正面から戦わず、自分の領域から出ずに入ってきた日本軍を入り江に追い込んで背後から攻撃する、という戦略眼のある人物であった事は間違いないだろう(最後は深追いして島津軍と向き合ってしまった時点で彼の命運は尽きたわけだが)。

しかし今や彼はもう政治的思想や民族主義的価値観を付加されまくった「国策英雄」にすぎない。等身大の評価を得られる日は来るだろうか。








「と、まぁ、偉人を掘り下げて行くなら、これぐらいやらんとな。途中から韓国の英雄なんてどうでもよくなったろ。」




「あんた、幽霊のクセにメチャメチャ詳しいわね。」




「久留島 武彦は童話の語り歩きもやってたが、戦意高揚の演説とかもやってたしな。オレ見た事あるもん。」




「でもなんか不思議ね。歴史の中の細い糸が巡り巡って繋がっているなんて。ところで韓国の英雄サンの子孫はいないの?」



「うん?聞かないね。確か息子はいたようだが。日本軍撤退直後はチヤホヤされたようだが、基本的に妬みの激しいお国柄、一族は滅亡したんじゃなかったっけ?」



「なんだ、調べてないの?全然ダメじゃん



「オマエが持ち出してきたテーマを捕捉してやったのに・・・!」








『韓国の英雄と大分県の偉人(後編)』 終わり




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テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

  1. 2006/06/20(火) 02:21:30|
  2. 知られざる日本
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
<<「かずら橋」で考える伝統の継承と保存 | ホーム | 韓国の英雄と大分県の偉人(前編)>>

コメント

うーむ、勉強になるなぁ。
ワタクシも李舜臣には気を付けたいと思いますです、はい。

追伸
リンク貼らせて頂きましたー、ご迷惑でしたら失礼!
  1. 2006/06/20(火) 23:19:58 |
  2. URL |
  3. 電気ブラン #mQop/nM.
  4. [ 編集]

再び

こんばんわ

あまりの字の多さに読み落としてるところもいざ知らず・・

でも、面白いのでリンク貼りました(祝!初)
あっ、↑の「電気ブラン」さんと同じこと考えてる。
  1. 2006/06/20(火) 23:33:32 |
  2. URL |
  3. 怖がりブレイバー #-
  4. [ 編集]

こんばんわ

電気ブランさん、ブレイバーさん、ありがとう。とりあえず僕もリンクやってみたよ。

字が多いですか・・いや僕もウスウス気づいてましたw「読みヅレーなぁ」と。

あまり有名ではない人物のエピソードを取り上げると紹介じみた文が多くなりますね、今後は注意しよ。
  1. 2006/06/21(水) 00:31:46 |
  2. URL |
  3. コウノスケ #-
  4. [ 編集]

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